R&Dトピックス
2025.12.22

1.はじめに

 SPINOMAR®NaSS(スチレンスルホン酸ナトリウム)は、当社の臭素化技術を活用して製造される機能性モノマーです。NaSSおよびそのポリマーは、エマルション重合用の反応性乳化剤(塗料用途、接着剤用途など)、繊維染色助剤、スケール防止剤、帯電防止剤、洗浄分散剤、導電性高分子など、幅広い用途に利用されています。NaSSの製造法は図1の通りです。当社では、スチレンをHBrアンチ付加反応によりβ-ブロモエチルベンゼン(β-BEB)へと誘導した後、スルホン化、脱HBr化(ビニル化)反応を行い、NaSSを製造しています。

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図1 NaSSの製造法

 当社では、多様な機能発現を目的に、Na塩以外にも各種塩タイプのスチレンスルホン酸(SS)類を開発しています。特に、スチレンスルホン酸アンモニウム(以下、AmSSは、近年注目の集まる材料であり、

(1)メタルレス(極めて低い金属含有量)
(2)多様な溶媒への可溶性 

 という構造上の特徴を有し、電子材料やカチオン交換膜など、NaSSよりも広範な用途展開が期待されるSS塩です(表1)。しかしながら、従来のAmSSは、製造プロセスおよび品質上の課題から工業化されておらず、その基礎物性や用途開発に関する研究報告は極めて限られていました。近年、当社はこの高い潜在ニーズを有するAmSSの工業的製造方法を確立するに至り、NaSSを含めた周辺事業の積極的な展開を進めています。本稿では、これまでほとんど報告例のなかったAmSSの基礎物性、用途などについてNaSSとの比較を交えながら紹介します。AmSSをはじめとしたSS塩の開発目的は、塗料や導電性高分子など複数の産業分野において機能性を発揮するモノマーの開発を通じて、産業横断的な技術基盤の構築を図ることです。本開発は、製造業の多様なニーズに応える材料技術として技術革新と産業基盤の強化に貢献することを目指します。

表1 SS塩の比較

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2.AmSSの特徴

[1]一般的性質

               表2 AmSSの一般的性質と外観

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[2]界面活性
 序文で述べたとおり、NaSSはエマルション重合用の反応性乳化剤として広く使用されていますが、これはNaSSが高いラジカル反応性と適度な界面活性を有しているためです。AmSSもNaSS同等の界面活性を示すことから(図2)、同様に乳化重合系に好適なモノマーとなります。SS塩は少量の乳化剤と併用した、いわゆるソープレス乳化重合系への適性が高いという特徴があります。乳化重合系への適用例は3.[2]にて後述します。

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図2 スルホン酸系モノマー水溶液の表面張力

[3]吸湿性
 アルカリ金属塩とアンモニウム塩を比較した場合、一般に、アルカリ金属塩のほうが高い吸湿性を示す傾向があります。これは、アルカリ金属カチオンのほうが、電荷密度が高く、イオン半径が小さい結果として水和数が多くなるためです。SS塩においても同様の傾向が見られ、AmSSはNaSSよりも吸湿性が低いという特徴があります(図4)。本特性と用途との関連性については4.[1]にて後述します。

           画像5図3 SS塩の吸湿性

[4]耐熱性
 SS塩は高い耐熱性を有することが知られています。AmSSの分解開始温度は約300℃と非常に高く、優れた熱安定性を示します。

[5]保存安定性
 従来、AmSSは保存安定性が低く、冒頭で述べた品質上の課題の中でも主要な要因として挙げられていました(表3中にて「従来品」と表記)。本項で述べる「保存安定性」とは、有姿状態での保管中における経時的な重質化や酸化による変質、ならびに着色による品質劣化の程度を指します。当社にて鋭意検討した結果、特にAmSS中の含水量と保存安定性には負の相関があり、含水量が減少するほど保存安定性が向上することを見出しました。また、水分以外にも保存安定性に寄与するパラメータを見出し、AmSSを含む特定組成物を構成することで、長期間の保存安定性を実現しました(表3中にて「開発品」と表記)。安定化のメカニズムに関しては、複数の要因が関与しているため一概には説明できませんが、酸性条件下にて自然重合しやすいSS又はその塩の性質と関係していると考えられます1。すなわち、水分の低減によって、AmSSの重合場形成を抑制したと推定してます。なお、基本的なAmSSの製法については、既報において複数の例が提示されているため、ここではその記述を割愛し、必要に応じて公開文書を参照下さい2

表3 AmSSの保存安定性

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3.AmSSの重合

[1]溶液重合
 水中での単独重合系において、使用するSS塩の種類以外は同一条件で反応を行い、異なるカチオン種による水中での重合性の違いを比較検討しました。

(1)重合条件
 SS塩として、NaSSおよびAmSSを使用し、開始剤にはアゾ系開始剤である2,2'-アゾビス(2-メチルプロピオンアミジン)2塩酸塩(V-50)を用いました。また、pHの影響を検証する目的で、AmSSに関しては、ジメチルアミノエタノール(DMAE)、水酸化ナトリウム(NaOH)をそれぞれ添加した系についても比較検討しました。冷却管、温度計挿入管、窒素導入管、攪拌翼を取り付けた四つ口フラスコにSS塩(10.0wt%)、イオン交換水、V-50(0.15mol%)を一括で仕込み、窒素導入による脱気後、75℃に加熱し、任意時間での転化率を測定しました。

(2)結果
 水中での単独重合性を比較した結果、NaSSと比較してAmSSは重合速度が非常に高いことが判明しました(図4)。図4中、左縦軸は重合転化率を、右縦軸はモノマー消費量から算出される重合速度を、kは重合速度係数を示します。一般に、イオン性モノマーは、重合時のpHによって重合挙動が変化することが多いですが、図4からも明らかなように、AmSSの重合速度はpHに依らずほぼ一定であることが分かりました。この挙動については、現時点では明確な考察は得られていません。一般に、イオン性モノマーの重合挙動が重合系のpHによって変化するのは、ポリマー活性末端およびモノマーのイオン化度が変化するためと考えられています。これは、ポリマー成長末端とモノマーとの静電反発によってモノマーが活性末端に近づきにくくなること、ならびにモノマー自体の反応性が変化することの双方に起因するとされます3。しかしながら、本結果はこれらの一般的な傾向とは必ずしも一致しません。

            画像7-1                   図4 SS塩の単独重合性

[2]乳化重合
 SS塩と乳化剤を併用した、スチレンのソープレス乳化重合を実施しました。使用するSS塩の種類以外は同一条件で反応を行い、重合転化率、得られたエマルション品質(粒度分布、凝集の有無)を比較検討しました。

(1)重合条件
 SS塩として、NaSSおよびAmSSを使用し、開始剤には過硫酸アンモニウム(APS)、乳化剤にはドデシルベンゼンスルホン酸アンモニウム(DBS-NH4)を用いました。冷却管、温度計挿入管、窒素導入管、攪拌翼を取り付けた四つ口フラスコにスチレン(33.0wt%)、SS塩(1mol%)、APS(0.10mol%)、DBS-NH4(0.02mol%)、イオン交換水を一括で仕込み、窒素導入による脱気後、65℃に加熱し、任意時間での転化率を測定しました。

(2)結果
 スチレンの乳化重合において、NaSSおよびAmSSは乳化剤として同等に機能し、いずれにおいても高性能なエマルションを与える結果となりました。すなわち、スチレンの重合転化率(図5a)および粒度分布(図5b)に有意な差は見られず、さらに凝集も確認されませんでした(いずれも0.2wt%以下)。この結果は、NaSSおよびAmSSが同等の界面活性および水溶性を有していることに起因すると考えられます(表1、図2)。水相に溶けたモノマー(①)に水溶性開始剤由来のラジカルが付加し、これが乳化剤で安定化されたミセル(②)へ進入することで乳化重合が進行します。ここでSS塩は①および②の両方に寄与するが、①に関しては水溶性が、②に関しては界面活性が同等であることから、本結果に至ったと考えられます。本系で得られたエマルションは、SS構造単位が粒子表面に存在するため、スルホ基間の静電反発により凝集が回避され、コロイド安定性が著しく向上します。また、SS構造単位は共有結合にて粒子表面に固定化されているため、従来の乳化剤(本系ではDBS-NH4)と比較し、せん断応力などの物理的刺激や塩、有機溶媒、pH変化などの化学的刺激、凍結などの熱的刺激に対しても高い安定性を示します[4,5]。結果として、乳化剤としてSS塩を使用することで、安定性に優れたエマルションの取得が可能となります。

            画像8

図5 (a) スチレンの重合転化率推移、(b) 動的光散乱法による粒度分布測定結果

[3] その他の重合系
 本稿では詳細な説明は割愛しますが、AmSSは、各種有機溶媒に可溶である特徴を生かし、有機溶媒中での脂溶性モノマーとの溶液重合が可能です。特に、スチレンやメタクリレートなどの共役系モノマーとの共重合性に優れています。また、SS塩類は、紫外光を用いた光重合や、各種活性源を用いたグラフト重合にも対応可能です[6-8]。これらの重合系においては、添加剤(光増感剤、開始剤、可塑剤など)の溶解性、基材との濡れ性、活性種の寿命などの観点から、有機溶媒の選択肢が広いAmSSは、他のSS塩と比較して有利となる場合があります。

4.AmSSの用途展開

 冒頭で述べた通り、従来は工業品の入手が難しかった背景から、AmSSの利用例に関する報告は現時点では極めて限定的です。本項では、いくつかの利用例と、物性面から推測されるAmSSの用途展開を特徴別に紹介します。

[1] メタルレス

 SS塩類の重合物は、例えばCMP(ケミカルメカニカルポリッシング)向け研磨液組成物の添加剤やカーボンナノチューブの分散剤など、電子材料用途に使用されることが期待されます。電子材料分野では、金属成分が欠陥や腐食の原因となるため、これらを極力含まないことが求められます。この点において、メタルレスを特徴とするAmSSは当該分野においてより好まれると推察されます。また、電子材料以外にもNaSSにて実証例がある用途において、改良や課題解決に繋がる分野が存在すると考えられます。その一例として、耐水性を改良した水性塗料(エマルション)が挙げられます。前項のとおり、NaSSを乳化剤として用いたエマルションは、コロイド安定性に優れるため、水性塗料のベース樹脂として広く使われますが、乳化剤由来の耐水性に課題があります。耐水性は、塗膜物性(白化、水ぶくれ、強度など)に影響を及ぼす重要な要素です。ここで、NaSSに代えてAmSSを使用することで、これらの課題を解決できる可能性があります。図6には、スチレン(St)-アクリル酸ブチル(BA)-SS塩ランダム共重合体のキャスト膜の吸水試験結果を示します。図6において、縦軸は重量増加率を示しており、値が大きいほど吸水性が高く(≒耐水性が低く)値が小さいほど耐水性が高いことを示しています。図6から、SS塩の含有量が増加するほど吸水性が高くなる傾向が見られ、また同一含有量においては、アンモニウム塩よりもナトリウム塩の方が高い吸水性を示すことがわかります。この傾向は、2.[3]に示したSS塩の吸湿性傾向と一致します。重ねてになるが、3.[2]の通り、AmSSはNaSS同等に乳化重合系に適用可能です。これらの事実から高性能な水性塗料の開発において、AmSSを乳化剤としたエマルション技術は、耐水性の改良に有効な手法の一つと期待されます。
                         画像9-1

図6 SS塩共重合体の吸水性比較

[2] 溶解性

 AmSSは、有機溶媒に可溶であるという特徴から、カチオン交換膜(イオン交換膜)製造のプロセス改良に有効と推定されます。多種多様なカチオン交換膜の中でも、強酸性かつ炭化水素系膜の交換体には、スチレンスルホン酸骨格が使用されています。一般的には、ポリスチレン架橋物を構成した後、スルホン化剤を用いてスルホ基を導入する、いわゆる後スルホン化法が採用されています(図7a)9,10。しかしながら、後スルホン化法には、環境負荷が大きい強力な酸化剤の使用や、反応性制御の難易度が高いといった課題が挙げられます。これに対し、あらかじめスルホン化されたSS塩類を用いることにより、スルホン化工程を不要としたカチオン交換膜の製造方法が報告されています(図7b)9,11。この際、架橋剤(例;ジビニルベンゼン)との混和性の観点から、SS塩には有機溶媒への高い溶解性が要求されます。AmSSは表1に示すとおり、高極性溶媒類への溶解性がNaSSと比較して高く、この要求を十分に満たせるものと考えられます。
                                             スクリーンショット 2025-11-26 135604

図7 カチオン交換膜製造プロセスイメージ

(a) 後スルホン化法9,10 (b) SS塩を用いる改良法9,11

5.まとめ

 AmSSは、NaSSと類似の物性を有しつつも、1.アルカリ金属含有量、2.有機溶媒への溶解性、3.ラジカル重合反応速度の観点で、特徴的な性質を示すモノマーです。これらの特性を活かし、AmSSは、電子材料、イオン交換膜、耐水性を改良した水性塗料などへの用途展開が進行しています。今後のさらなる応用分野への展開が期待されます。

6.引用文献

[1] J.C.Salamone, Polymer Letters Edition,, 15, 487-491 (1971)
[2] 服部達夫 他, 東洋曹達研究報告, 24(1), 3-12 (1980)
[3] 林隆夫 他, 東洋曹達研究報告, 27(2), 81-86 (1983)
[4] Sevilay Bilgin et al., European Polymer Journal, 93, 480-494 (2017)
[5] Shinji Ozoe, Paint & Coatings Industry, 1-10 (2019)
[6] Satoshi Tsuneda et al., J. Electrochem. Soc., 142(11), 3659-3663 (1995)
[7] Shuhui Qin et al., Macromolecules, 37, 3965-3967 (2004)
[8] Asmaa Attya Shalaby et al., Solid State Ionics, 404, 116420 (2024)
[9] Stef Depuydt et al., Membranes, 14(1), 23 (2024)
[10] Yukio Mizutani et al., Bulletin of the Chemical Society of Japan, 38(5), 689-694 (1965)
[11] Ziliang Jia et al., Chemical Engineering Journal, 475(1), 146287 (2023)
[12] 重田優輔 他, 東ソー研究・技術報告, 69, 47-52.
 https://www.tosoh.co.jp/technology/report/

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