コラム
2023.12.01

中部大学卓越教授 山本尚 vs.東ソー・ファインケム(株)代表取締役社長 江口久雄
取締役研究本部長 長崎順隆

プロフィール_rev2

テーマ1.有機アルミニウムの面白さ

長崎: 東ソー・ファインケム(株)は、1965年に東洋曹達工業株式会社と米国ストファー・ケミカルの合弁にて有限会社東洋ストファー・ケミカルとして設立され、1969年に有機アルミニウム(アルキルアルミニウム)の生産を開始し、ポリオレフィン及び合成ゴムの触媒原料メーカーとしての歩みをスタートさせ、その後も日本のポリオレフィン産業とともに成長してきました。
 山本先生は、1972年に京都大学の野崎研究室で助手としての職に就かれ、その後ハワイ大学准教授を経て1980年に名古屋大学に移られた後は、「デザイン型ルイス酸触媒」に関するご研究を一気に開花されました。
 弊社は、1980年代に有機アルミニウムの用途研究を目的に委託研究生を先生の研究室に派遣させていただいたことをきっかけとして、その後も現在に至るまで先生とのご縁は長く続いています。
 先生のご研究対象であるルイス酸触媒の中でも、有機アルミニウムはその中心的存在となっています。改めて有機アルミニウムの面白さについてご教授下さい。

山本先生: 私が有機アルミを最初に使ったのは、京都大学で野崎先生の元で助手としてお世話になっていた時代まで遡ります。当時、ブチルリチウムを使用した反応開発を行っていた中での新たな研究展開だったのですが、野崎先生からは有機アルミニウムの安全性について随分心配されたことが記憶に残っています。実際に扱ってみると、有機アルミニウムは、希釈されて濃度が同じであれば危険性はブチルリチウムとほとんど変わらない、と感じました。しかも有機アルミニウム(アルキルアルミニウム)が面白いのは、3つのアルキル基を有しており、これを変換できることです。
 例えば、2,6-ジ-tert-ブチルフェノールをトリメチルアルミニウム(TMAL)と混合するとメタンガスの発生を伴いフェノール部位がアルミニウムに結合した非常に嵩高いルイス酸が生成します。元々アルミニウム中心は高いルイス酸性を有していますので、嵩高くともしっかりとルイス酸として機能します。今でも強く印象に残っているのは、この嵩高いルイス酸をベンズアルデヒドと作用させ、求核剤と反応させると、より反応性の高いアルデヒド基はルイス酸の配位によりブロックされて反応関与せず、且つこれにより活性化されたベンゼン環パラ位への求核剤の付加反応が見事に進行しました。当時これは全く新しい反応でした。即ち、「これまで誰も成し得なかったことを達成できる」、そこに有機アルミニウムの魅力を感じました。この発見は、その後のデザイン型ルイス酸触媒の研究に繋がっていき、従来のルイス酸ではまねできない高度な立体選択性や分子認識が可能になっていきました。

江口: 先生のデザイン型ルイス酸触媒のご研究の起点になったのが、トリメチルアルミニウム(TMAL)であったとのことに深いご縁を感じます。TMALなどの有機アルミニウムは、製造者の我々でさえも取り扱いには高度なノウハウを必要としますが、その特徴に着目され、新たなケミストリー分野を構築された先生に改めて敬意を表します。
 弊社は再来年の2025年に設立60年、言わば還暦を迎えます。これを前にして、かねてからの念願であったTMALの自製化を成し遂げ、TMALからメチルアルミノキサン(MAO)の一貫生産体制を確立することができました。このTMAL設備は、独自の高効率生産プロセスが特徴ですが、プロセス研究は当初の想定通りにはいかず、幾度も方向転換しながら現在の方法に至っています。その中で山本先生の発想転換によるアドバイスが大きなブレークスルーのきっかけになりました。

山本先生: 御社のTMAL/MAOプロジェクトは、全てが新しいプロジェクトでした。独自の製造法を目指し、丹念に、1つ1つ課題を解決していかれました。外から見れば単にプラントが出来上がっただけに見えても、有機アルミニウムケミストリーという技術範疇の中で仕上げたものが沢山あります。その意味で、御社の若い研究員の方から相談を受ける中で、私も興味深くお話を伺うことができました。
 論文を出す仕事もすばらしいですが、製造メーカーにおける知見の積み重ねによる技術の分厚さは異質のものです。御社にとって当たり前のことが、実は当たり前ではない、御社しか知らないことも多いと思います。一方、そうした技術成果を文章としてきちんと残しておくことは、後世への技術伝承のためにも、また、若い研究者の成果認識としてもとても大事なことだと思います。
 成果の認識は、企業内も大切ですが、企業の外からも共同研究の種となる場合もあり、重要だと思います。例えば、御社として「学会賞」も目指されてみては、と思います。

 

テーマ1-2

テーマ2.ペプチド合成への応用

長崎: 前述のトリメチルアルミニウム(TMAL)は、有機アルミニウムの中でも最も単純な化合物構造を有していますが、他の有機アルミニウムにない特異な性質・機能を発現します。重合用助触媒としてのMAO、半導体、太陽電池等のCVDプロセスのプリカーサ等はその例です。
 一方、山本先生は、次世代医薬品の主役になると言われるぺプチド合成の反応剤としてTMALの利用を検討されています。大変興味深いご研究であり、改めてそのコンセプトについてお教え下さい。

山本先生: ペプチド医薬は、製造コストが破格に高く、世界的にも十分に普及していません。安くすることができれば、必ず世界の創薬を日本が中心となって先導できると考えています。私はオールジャパンでこの夢を達成したいと考えています。
 但し、それには今までの有機化学を変える必要があります。即ち、今まではたった1つの官能基しか見ていなかったものを、2つないし3つの官能基に着目しながら、総合的に全てを別の化合物に変換していく必要があります。これはそれほど優しいことではありません。
 トリメチルアルミニウムは、その際に重要な役割を果たせる可能性があります。つまり小さな分子でありながら、2つ以上の官能基を括りつけて反応させて生成物に変換していくシステムに供することがきます。具体的には、末端保護されていないアミノ酸とTMALをあらかじめ反応させて5員環中間体を形成させると、これが求核性アミノ酸エステルとスムーズに反応してジペプチドを与えます。更なるアミノ酸とTMALの添加により順次ペプチドを伸長させることもできます。このシンプルで効率的な反応系により、高価なカップリング試薬を必要とせず、ワンポットでペプチドを合成することができます。(T.Hattori, H.Yamamoto, Chem.Sci.,2023,14,5795-5801) 
 こうしたケミストリーは、まだ始まったばかりですが、これから広がっていくと思います。

江口: TMALのような非常に反応性の高い化合物をペプチド合成に利用できることは驚きですし、まさにデザイン型ルイス酸触媒を開発された先生ならではのアイデアであると思います。
 当社はTMAL製造メーカーでもありますが、同時にTMALを安全に取り扱う設備と技術を保有するTMAL利用メーカーでもあります。TMALを用いたペプチド合成の実用化に向けては、弊社もオールジャパンの一員として、そのお手伝いができればと願っています。

 

テーマ2-2

テーマ3.これからの日本型イノベーションに向けて

長崎: 最後に、我々を含めた日本の研究者に向けて、日本人の特徴を踏まえた、イノベーションを生み出すための心得について、先生のお考えをお聞かせ下さい。

テーマ3_rev1

山本先生: イノベーションには、ハロゲン化銀の写真があっという間にデジタル写真に替わったように、突然新しい製品に席巻される「破壊的イノベーション」と、製品のレベルが徐々に改善されていくような「持続的イノベーション」の二つがあります。企業における研究開発の中では、もちろん持続的イノベーションは大事ですが、数%でもよいので破壊的イノベーションを目指した研究テーマもあれば企業生命の延長につながります。
 世界の民族を分類した研究では、日本人は内向型で感覚的でフィーリング型と言われています。この日本人の民族性は世界の約150の民族の中でも唯一と言われます。私は日本人のフィーリングの良さ、センスの良さは科学技術の世界で成功をもたらすものであり、本来は破壊的イノベーションに向いていると思っています。
 日本には「形から入る」文化があります。お茶、お花、柔道、剣道、弓道、全てまず形から入っていきます。なぜこの動作をしなければならないかという説明はすべて省かれ、何年も経って、初めてその行為の理由がわかってくるものです。この日本文化は、日本の科学技術の発展にも大きな影響を与えています。自然の語る声に耳を傾け、自然の原理に遡ることで、真理に近づくことができる、これによって、セレンディピティに結び付くことが多いのです。
 一方、日本には「隣百姓」という言葉もあります。隣が種を蒔けば自分も種を蒔き、隣が稲刈りをすれば自分も稲刈りをする、これで一生大過なく生活できるというものです。しかし、これでは世の中を動かす破壊的イノベーションを起こすことなどできません。日本が製鉄業、造船業や、「ウォークマン」など世界を席巻した破壊的イノベーションが続出した時代がありましたが、これは戦後、東京が焼け野原になったからだと言われています。焼け野原だから真似する対象がなかったのです。
 私は、破壊的イノベーションをもたらす研究テーマの課題を見つけるために、2年3年かけてもよいと思っています。大事なのは考え続けること。極端に言えば24時間寝ている間も考えることが必要です。そして、ときにはぼんやりとテーマを眺めてみる。そうした集中と非集中の入れ替えが、素晴らしいアイデアを生み出すコツです。是非、私たち日本人の特性であるフィーリング、センスを活かして、世界を席巻するような科学技術に取り組んでほしいと思います。若い世代の研究者の皆様に期待しています。

山本 尚[やまもと ひさし]

中部大学ペプチド研究センター長、卓越教授、名古屋大学特別教授、シカゴ大学名誉教授、文化功労者、兵庫県出身。京都大学工学部工業化学科卒業。
ハーバード大学化学科大学院博士課程修了。
東レ基礎研究所に1年間勤務ののち、京都大学工学部助手。その後、ハワイ大学准教授、名古屋大学助教授・教授、シカゴ大学教授などを歴任し、2011年に中部大学教授に就任。2016~2017年に日本化学会会長に就任。
2017年に有機化学の分野で世界一権威ある米国化学会「ロジャー・アダムス賞」を受賞。

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