コラム
2022.01.13

私にとって、アルミニウムはとても近しい友人のようなものだ。最初の出会いは、エポキシドをアリルアルコールに変換する手法であり、これが1974年の私の日本における最初のJACSの論文になった。当時、有機アルミニウムを使うと言ったら、野崎先生に大丈夫かと念を押されたのが懐かしい。
論文はアルミニウムアミドを用いた、今でもなかなか新鮮な反応である。その後、Angewにアルミニウム反応のレビューを1978年に書いた。これも私にとって初めての英語で書くレビューとなった。
以来、アルミニウムという言葉が入ったタイトルの英文論文は私の論文リストで100報を超えている。多分一番多いのではないかと自負している。
面白いことに何年間かアルミニウムに関する論文を矢継ぎ早に出してしばらくなくなり、その後目を覚ましてアルミニウムに戻ってゆく。
私にとっては困った時に帰ってゆく実家のようなものだった。

私には、プロジェクトを従来の純正研究でルイス酸やブレンステッド酸を使った反応が多かったが、7−8年前に、大きく方向転換して、課題追究型の研究に看板を変えた。
ペプチドの反応で世界を変えようと思ったからだ。
これでアルミニウムと縁が切れたと思っていたのだが、偶然見つかった、トリメチルアルミニウムを使ったペプチド合成の反応が、文字通りペプチド合成のエース反応になりつつある。
これまでの手法とは比べものにならないほど安価に、しかも純度よく合成できるのだ。反応は素晴らしく、保護基なしでアミノ酸からペプチドが綺麗にできる。
異性化もない、文字通りペプチド合成の夢の反応となった。縁はなかなか切れないものだ。

さて、私にとって反応開発は生涯の研究テーマである。
私にはこれしかできずに、文字通り半世紀を反応開発に献身してきた。何年経っても新鮮でいつも新しいアイデアを生み出してくれている。
しかし、イノベーションに携わる者としては、ゲーム・チェンジの破壊的イノベーションが目標である。面白いことには、破壊的イノベーションにも色々と種類がある。
戦後間もない頃のソニーのウォークマンは有名である。当時驚くほどの売れ行きだったそうだ。歩きながら音楽を聴くという素晴らしい発想の転換がここにはある。
しかし、科学技術からすると、新しい発明や発見はあまりなかったのではないだろうか。従来の技術で十分ウォークマンは作れたはずである。
そう考えると破壊的イノベーションには2種類あり、科学技術の大改革なしでも実現できるイノベーションと科学技術の発明・発見なしでは成就できないイノベーションに分けることができる。
私たちの従事する反応開発では、この2つの側面を必ず両方満足させるイノベーションでなければ成立しない。
この場合、破壊的であるのは市場と科学技術の両方であり、これができるのは、とても恵まれた分野で、こうしたイノベーションに従事できるのは大変な幸運である。

一律同じことをすることでは、イノベーションは実現しない。イノベーションでは人と違うことを考え実行することが前提だからだ。
最近、トヨタ自動車の豊田章男社長の対談が日経新聞(2021年9月30日)で取り上げられていた。トヨタの研究開発では「学ぶ」ことが研究の最初のステップだという。
「C A S Eに向けてイノベーションをさあやれと言っても起こるものではない。まずはイミテーション(模倣)から始めなければダメだ。次にインプルーブメント(改善)。その上でイノベーションは生まれる。」という。
実は「学ぶ」ことは、日本人が江戸時代から「まねぶ」ことだと言ってきたことから始まる。寺子屋の論語の素読はそれに基づくのだ。
他人に「まねぶ」ことから出発し、その後他人を凌駕することで成長するのがトヨタ流だという。私はトヨタのような大会社だからこそ、こう言えるのではないかと思った。
しかし残念ながら、これでは究極の持続的イノベーションしか期待できない。トヨタのように、企業として大きな力を内蔵しており、「まねぶ」ことで他社を軽々と凌駕できれば、大きな変革なしに世界に勝って行けるだろう。
しかし、本当のゲームチェンジの「破壊的なイノベーション」では最後には社会に問答無用の大きな革新をもたらす。
しかも、現代社会はますますこの破壊的イノベーションを要求しているように思われる。例えば、「カーボン・ニュートラル」の政策に関して考えても、従来の科学技術では数十年での実現はどう考えても不可能である。
抹消的な研究でなく、息を呑むほどのイノベーションがなければ、カーボン・ニュートラルは何年待っても実現しないのだ。
現代社会では、こうした破壊的イノベーションの必要性が以前にも増して重要となっている。市場でも学問的に世の中を刷新するイノベーションが今後の日本を開くだろう。

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山本 尚[やまもと ひさし]
中部大学 先端研究センター長、ペプチド研究センター長・教授、 名古屋大学名誉教授、名古屋大学特別教授、シカゴ大学名誉教授、文化功労者、兵庫県出身。京都大学工学部工業化学科卒業。
ハーバード大学化学科大学院博士課程修了。
東レ基礎研究所に1年間勤務ののち、京都大学工学部助手。
その後、ハワイ大学准教授、名古屋大学助教授・教授、シカゴ大学教授などを歴任し、2011年に中部大 学教授に就任。
2017年に有機化学の分野で世界一権威ある米国化学会「ロジャー・アダムス賞」を受賞。

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